『丹下健三』配信記念,藤森照信氏インタビュー

『丹下健三』
デジタル版配信記念
藤森照信氏インタビュー
(2017年9月4日収録)


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丹下さんは基本的にインタビューを嫌がる方で、「昔話より今の話を聞きなさい」とよく言っていました。

作品集をつくるというのは丹下さんの方から来た話でした。
もともとは中学生向けの評伝を書いてほしいという話で、それをつくる前にまずは大人向けの評伝をつくろうと展開してこの本をつくることになったんです。

僕がやらなければいけないと思ったのは、「なんで世界の丹下になったのか」ということを明快にすることでした。


丹下さんは字組やレイアウトなどのグラフィック、写真の選択にすごい厳しい方でした。
なのでレイアウトは全く決まりませんでした。
最終的には丹下さんが折れる形でまとまりました(笑)。

一方で丹下さんは、文章とは書いた人のものであって間違い以外は直さない、という徹底された考え方を持っていました。

本に関わってくれる人全員が協力してくれる絶妙な時期に本をつくれたと思います。


丹下さんが学生時代に書いたふたつの論文はすごい貴重なものだと思いました。(2章に登場)

「<この後に来るもの>への考察──序──」
「文化を想ふ」


あれは明らかに丹下さんの思想が学生時代に転向していることを示すものでした。

こうした戦争中の思想の変化というのはお互いに聞かないというのが暗黙のルールだと聞いていたのですが、丹下さんはこれについても素直に答えてくれました。


日本の建築家って建築界内部の人たちに対して自分にとって不利なことでも隠すってことはしないんですよね。


丹下さんが倒れるほど集中して取り組んだ作品が「香川県庁舎」(第8章)と「国立屋内総合競技場」(第12章)でした。

東京オリンピックプール(国立屋内総合競技場)は鉄とガラスとコンクリートをフルに使った20世紀建築の傑作で、あれを超える建築はもう出てこないのではないかと思います。

コルビュジェが夢見た「ソヴィエト・パレス」を丹下さんが引き継いで実現しているんです。

丹下さんは映画監督になろうかと本気で考えていた時期に「ソヴィエト・パレス」と出会って建築家を目指したそうです。


当時の丹下さんの唯一のライバルとも言えたのはサーリネンでした。
丹下さんは「サーリネンのディア・カンパニーと東京都庁舎が似てしまったけど、
どうしてああいうことになってしまったんだろう」と言っていたのが印象に残っています(笑)。


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