分煙空間を都市とパラレルに並べる
インタビュー:原田哲夫(竹中工務店) 聞き手:佐藤英治(イーエスアソシエイツ)
第二吉本ビルディング ヒルトンプラザウエスト
設計 竹中工務店
昨年行われたSMOKERS' STYLE COMPETITION 2006作品例部門にて,最優秀賞を受賞した「第二吉本ビルディング ヒルトンプラザウエスト」のリフレッシュルーム.竣工後2年半近くが経つというこの場所を,コンペの審査委員でもある,設備設計者の佐藤英治氏が訪れ,現場にて設計者の原田哲夫氏に話を聞いた.
- 原田
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ここは,ヒルトンプラザウエストという20階建てのビルのうち,地下2階から6階までの商業ゾーンに入っている店舗テナントで働く人たちのためのリフレッシュコーナーです.完全に裏動線でアクセスする場所になりますが,建物全体の南東コーナーに位置し,2面が外部に面した場所です.商業施設の場合は,働く人たちがお弁当を食べたり休憩するスペースが必要ですが,よい場所はテナントゾーンになるため,余った場所につくられることが多いのです.商業施設にとっていちばん大事なのは商品がある場所かもしれませんが,でもそこにはサービスが必要で,そのサービスを支えているのは働いている従業員の人たちなんです.その人たちがくつろげるリフレッシュ空間をつくることはとても大切だと思っていました.お店を長い間継続していくためには,ソフト面で働く人をバックアップすることも大事な要素と位置付けて,この場所をリフレッシュコーナーにしましょうと提案し,場所を確保しました.次に喫煙室をどうつくるかについてですが,ちょうど分煙という言葉が知られるようになった頃で,クライアントからもこのリフレッシュルームは喫煙・禁煙ゾーンに分けたいとリクエストが出ていました.普通に考えれば,空間をふたつに割って,喫煙室と呼ばれる方に空気清浄機を置くのが簡単ですが,そのあり方がいつもあまり格好良く思っていなかったのと,完全に分けてしまうと,たばこを吸う人と吸わない人がコミュニケーションを取れないと思ったので,部屋を単純に二分割するのはやめようと思いました.そもそもこの建築は,都市と建築,内部と外部,地上と地下をいかに繋ぐかをテーマにしていました.たばこを吸う人と吸わない人だけ分断するのは建物全体の考え方からも違ってしまう.そんな風に考えて配置をスタディしながら,間口が広くて奥行が薄い空間を窓際に置いてみることに辿り着きました.こうすると喫煙室という部屋に見えなくなります.たばこを吸っている人がいる空間を,部屋というよりひとつのレイヤーにして都市と一体になるような見え方で喫煙室を置く.そうすると,まずたばこを吸っている人が格好良く見えると思ったのです.分煙がいき過ぎると,煙やにおいなどが問題のはずが,吸っていること事態が悪いことのようにとらえられてしまう.それは違うのではないでしょうか.たばこを吸う文化というのもあるはずなので,やはりその姿が格好良くあることで何か変わるのではないかと思いました.少し高いカウンターがあって,足の表情が見える椅子に腰掛けてたばこを吸う.その後ろ姿がよいんじゃないかと.そんな空間をつくりました.
設備的には,喫煙室と非喫煙室を隣り合わせにしているので,喫煙室への人の出入りによって,非喫煙室ににおいや煙が流れないようにしたかった.現在,使用し始めてから2年半経ちますが,非喫煙室の方ではほとんどにおいはしていないと思います.非喫煙室から喫煙室へ一方向に空気を流してしっかり換気し,喫煙室のたばこの煙も,窓際の照明と一体になったスリットで吸い込んでいます.煙もひとつのレイヤーとしてデザインできたらと思って考えました.そうするために,非喫煙室の奥から給気を取って,自動販売機上のガラリを通して空気を流しています.反対側の窓際も,壁際は閉じていませんので,同じような空気の流れが起こるようにしてあり,それらを喫煙室窓際上のスリットで吸い上げる.
- 佐藤
- おっしゃるように,ここはにおいがまったくなくて場所としてとてもよい場所だと思います.裏動線にはなっていますが,照明などもきちっと計画されていて,狭いながらもきちんとつくられた空間を歩いてくる.そしてリフレッシュコーナーに入ると明るい視界が広がる楽しい体験がつくられているのではないでしょうか.そういう場所に喫煙室もちゃんと配置されている,その仕掛けがいいですね.設備的にも,卓越していると思います.まず,吹き出し口が大きく取られていること.普通,たばこを吸う時間はそんなに長くありません.そうすると,ドラフトなどは問題にしないものなんです.つまり,いかに空気を効率よく回すかだけに思考がいってしまいがちです.ここはそれがありません.
- 原田
- そもそもこの建物はガラス張りなので,エアハンドリングユニットを置く場所がとても難しかったんです.ただ,たまたま隣が機械室だったこともあったので,設備的には配置は取りやすかった.空気の流れは,設計する人間が考えないといけないんだと思います.それは空間とセットなのではないでしょうか.空気の流れをこちらで考えて,そのアイデアを設備設計の人に具現化してもらう.
- 佐藤
- それは本当にそうですね.でも普通は他にやることがたくさんありますから,軽視されてしまいがちなんですよね.置き忘れられてしまう.ここはにおいのしみ込みも感じられませんが,素材については何か考えていますか?
- 原田
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- 佐藤
- 確かに普通で考えれば多いですが,クリーンルームなどでは400回とか500回ですからね.回数が多いとはいえ,アイデアとしては考えられてよいことだと思います.それから,ここは設備的な配慮と共に,空間としてのあり方もすごくいい.まず,外のルーバーの間隔.ちょうど視線が抜ける感じが気持ちよくて,外に視線を開くことで,中にいる人たちがそれぞれの存在を気にせずにいられます.あと,排気装置がまったく外に露出していません.心地よさという意味では機械が見えないことは重要ですね.
- 原田
- たばこを吸っている時間にいる空間がどれだけ気持ちがよいかに目が向けられてもよいはずだと思うんです.たとえば買い物に行って楽しい時間が過ごせる場所と,たばこを吸うための空間の楽しさに違いはないでしょう.
- 佐藤
- 喫煙室の空間の奥行もよくて椅子に座っても,後ろにスペースがあるので,人が通ってもぶつかることがない.あと,喫煙室の中を注意深く見ていると,人が入ってきて,隣に座る時,軽く会釈したりしてやりとりが発生している.カウンターの高さもいいですね.ちょっと肘をついて楽しめる.そして,こちらの非喫煙室から見ると,肘をついている天板がちょうど椅子に座った時の目線の高さになるので,カウンターの存在が気にならなくて,人の所作だけが目に入ってくる.カウンターの高さや椅子の配置についてはどのように決めていますか?
- 原田
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- 佐藤
- 家具ひとつにしてもスタディされているんですね.空気の流れ方も,設備だけではない空間としての心地よさも,ここはとても洗練された場所ができていると思いました.コストの面で何もしないよりはお金がかかっているかもしれませんが,特殊解とは言えないように思います.このような場所が他にも増えてくれるといいですね.
建築概要
第二吉本ビルディング ヒルトンプラザウエスト
設計・施工 竹中工務店
所在地 大阪市北区梅田2-2-2
原田哲夫(はらだ・てつお)
1961年大阪府生まれ/ 1984年京都大学京都大学工学部建築学科卒業/ 1986年同大学大学院修士課程修了/ 1986年竹中工務店設計部/現在,竹中工務店設計部設計課長